2011年9月アーカイブ

野生になった・された

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201109051








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fish2624blind@yahoo.co.jp To 自分
詳細を表示 15:30 (20時間前)

タイトル:野生になった・された

人間の飼っている状態から野生になった・された動物は、たくさんいますよね。
そのことについて、考えていました。

捨てることだけでなく、そうなるにはさまざまな理由があります。
「捨てたくて捨てた」だけに限定すると、飼い主に気持ちがなかったと決めつけてしまいます。

そして、何も飼っていない場合も、考える必要はあるでしょう。

私も今まで、動物を長く飼った経験はありません。
カブトムシを少しの間飼うなど、短い間に飼った経験はありますが......。

飼っていないと、こういうことは「自分には関係ないこと」のように錯覚してしまいます。

しかし、野生になった・された動物が生きれるかどうかは、「命を大切にすること」の問題です。
命を大切にすることは、動物を飼っていなくてもよく意識される目標です。
私たち自身がそうなっていたらどうかを考えても、考える必要を痛感してきます。

「第三者」として、私たちは何ができそうでしょうか?

私は詳しい知識を持っている訳ではありませんが、
外出中に偶然見つけた時などは少しでも何かをすることは可能でしょう。

実際、「第三者」として似た状態にのネコに立ち会った友人は、そうしていました。
「余計なお世話」となるかもしれませんが、まったく何もやらないよりはやっぱりいいでしょう。
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隠し味のはちみつ

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今まで食べたことのないコーンフレークを、朝食に食べました。
「どんな味かなぁ?」と気にしながら食べている内、
はちみつが含まれていることに気づいたのです。

隠し味のようにほんのりと漂っていたそれに、食べた後もずっと記憶に残っています。
夜になった今も鮮明に残っていて、本当に幸せな気持ちになってきます。

日常の何気ない一瞬で、ほんのりとしか漂わなかったものに大きな幸せを与えられているのです。

今、私はとても不安定になっています。
1度「解決させた」と思えた感情もすぐに戻ってしまい、何回も悪循環を起こしている始末です。

その時々の出来事がそこに加わり、ちょっとした加減ですぐヒステリーを起こしそうな状態です。
こんな私に、隠し味のはちみつは大きな幸せを与えてくれました。

私たちの日常には大きな幸せを与えてくれる、たくさんのささやかな幸せが傍にあります。

目に見えるところにありながら、それらに私たちはうまく気づけません。
ほとんどは気づけないまま、感じた何らかのショックを癒せないでいます。

このことを今痛感しながら、

「何で自分は、うまく気づけないんだろう。1度は経験しているのに、また忘れてしまうんだろう」

と感じるのです。
隠し味のはちみつが、心へ染み渡っています。

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